「ギリシャ語」「h」「ダイアクリティカルマーク」はじめに
音素と音価
音を表す最小単位ですが、おおざっぱに言うと、音素 (phoneme) の中にその変異種がいくつかあるのがじっさいの音価だと思ってください。
たとえば日本語の音素としては「ん」がありスラッシュで /n/ と書きます。
しかし、じっさいの日本語には「ん」は5通りあって、じっさいの発音は[m, n, ɲ, ŋ, ɴ]です。
これを異音 (allophone) といいます。
ただ音素と音価の境目や定義、使い方は曖昧で両者が混在するけどあまり気にしなくていいです。
一般的に発音記号は[ ] で書きます。
ギリシャ語はhが好き
英語で子音のうしろについているhはだいたいギリシャ語起源だと思っていいです。
theme, phone, Christなど
thに関しては英語のþ (thorn) の代用としてもよく使われていますが。
phoneでなんで「フォーン」?
foneならわかるけど。
その理由はこの記事を読めばわかります。
古代ギリシャ語
古代ギリシャ語では有気音 (気息音、帯気音) といって声門を通るすきま風 /h/ を多用しました。
これは現代の中国語、韓国語にもちゃんとあります。
また古代ギリシャ語ではちゃんと/h/の文字がありました。
Η, η
これは/h/の音を表していて、もともとはフェニキア文字の「ヘート」でした。
正しい発音はわかりませんが/h/の音を表していました。
無気音と有気音の対立の例
t と th
p と ph
k と kh
Τ τは[t]、Θ θは[th]、
Π πは [p]、Φ φは[ph]、
Κ κは [k]、Χ χは[kh]
とそれぞれの音は区別しました。
[th]は見たとおり[t]の音を歯茎と舌で発音した直後に声門から[h]のすきま風の音を出します。
他意はないけど、渡辺徹さんが出していた声です。
だから日本人でもこの発声をする人がいるけど、日本語では対立はなく両者はタ行として認識します。
古代ギリシャ語、現代の中国語、韓国語では両者はべつの音、べつの言葉として認識します。
日本語で言ったら「蚊 (か) 」と「蛾 (が) 」を区別するのとおなじです。
じっさいの音としてはこんな感じです。
[th]は「ト゜はっ!」
[ph]は「プはっ!」
[kh]は「クはっ!」
25m潜水して水面に出たときの「プはっ!」だと思ってください。
フェニキア文字
文字をつくるのは大変な作業です。
最初にこれをつくった人はすごいです。
なかなか個々の国や民族でこれをつくるのは大変なので、世界中どこでも近所の国から借りてきます😄
日本が中国から漢字を借りたように。
ギリシャと言えばヨーロッパの文明の大先生のようですが、そのギリシャ人でさえフェニキア文字を借りてきました。
そしてイオニア式アルファベットがギリシャで広がりました。
イオニアでhが消える😮
人類怠け者の法則
人間は怠け者でいつもできるだけ楽をしてやろうと企んでいます。
それで問題が起きなければ楽なほうを選びます。
それはけっして悪いことではありません。
怠けるというより、省力化と呼びましょう。
だから言葉や発音もどんどん変わっていきます。
省略しても、音が変わっても混乱が起きない場合は、省略や変化がかならず起こります。
ご多分に漏れず、ギリシャでもいろんな地方と方言があり、イオニアでは早い時期に/h/が消えてしまいました😮
ラテン語もおなじですね。
ラテン語には/h/があってちゃんと発音していたのに、ラテン語の現代語のロマンス語では/h/を発音しません。
日本人はちゃんと/h/を発音します。
日本人は勤勉で真面目なのです😄
Η, ηが「エータ」に
もともと/h/の音を表していたのにイオニアでは/h/の音がなくなったので、これを代わりに[ɛː (エー) ]という長母音に使うようになりました。
Ε ε (エプシロン) は短母音の[e (エ) ] に使います。
hがねえが
「hがないじゃないか!」ということです。
イオニア人には問題なかったけど、ほかのギリシャのアッティカ人などは困りました。
これだけ有気音/h/が重要な言語なのに/h/が消えてしまった。
さあどうすべ?
ダイアクリティカルマーク (diacritical mark)
「じゃああ、しょうがねえからここに有気音/h/があるかないか印をつけんべ」ということでダイアクリティカルマークがつけられることになりました。
有気音「῾」
これだけ/h/の音が重要な言語なのに/h/の音を表す文字ががないんで有気音の上には「῾」をつけることにしました。
この記号は「Η」の左半分を取った「┣」を簡略化したのが「῾」です。
無気音「᾿」
そして無気音の場合は「ここには/h/の音はないよ」ということで「᾿」をつけることにしました。
「Η」の右半分を取った「┫」を簡略化したのが「᾿」です。
ちなみにこの記号は「けいせん (罫線) 」で変換すると出てきます。
具体例
ὄρος(oros、山)と ὅρος(horos、境界)
なんかゴミがついてる?
拡大して見てください😄
「῾」マークがついているほうは/h/を発音してくださいね。
4世紀には完全に/h/がなくなる
4世紀には完全に/h/が消えてしまったんだけど、律儀にこの記号は長年にわたってつけていたようです。
なんと1970年代までつかっていたそうです。
みんな「何この印?ゴミ?印刷ミス?インクが飛んだの?」と思いながらつけていたんですね😄
1982年になって公式に「この印はもうつけなくていいです」というお達しが出たそうです。
めでたしめでたし。
もう1個右についているアクセント記号はギリシャ語でトノスといい、これは今でもつけます。
もちろん会話では上の例だと両方とも「オロス」になってしまったわけですが、文脈でちがいはわかるので問題なかったということでしょう。
日本語でも同音異義語はごまんとありますが、それは文脈でわかります。
たとえば「雲 (くも) 」と「蜘蛛 (くも) 」は同音異義語でアクセントもまったくおなじですが
「くもが浮かんでる」とか「くも行きが怪しいな」と言ったときに「蜘蛛」を連想する人はいないでしょう。
逆に部屋で女の人が
「キャーっ。くも、くも」って言ったときに「雲」を連想する人はいないでしょう。
これが言葉というものです。
英語への影響
冒頭に書いたように英語にはギリシャ語起源の言葉がたくさんあります。
子音にくっついてるのに読まなかったり、変な発音をするものはだいたいギリシャ語起源だと思ってまちがいないです。
rhが多いですね。
rhythm, rhetoric, catarrhなど。
またhyperはギリシャ語では ὑπερ (uper) でヒュペルです。
hは書いてないけど、上にちょんまげがついているのでhをつけて読んでくださいねという印です。
ちなみにラテン語では “eks-uper” になり、その後、頭の “ek” が取れて “super” になりました。
super (スーパー) と hyper (ハイパー) どっちがすごいのか!?
おまけ
ギリシャ語も古代と現代では発音がかなり変わっています。
これはどこの国のどの言語でもおなじです。
もちろん日本語も。
Τ τはταυで「タウ」と読んでいたけど現在では/taf/ (タフ) です。
Θ θは[th]はθήταで/tʰɛ̂ː.ta/ → /ˈθi.ta/ → /ˈθi.ta/
ηの上にアクセント記号があるんだけどどうしても後ろのτの上に行ってしまいます。
もとの発音は「ト゜ヘータ」だけど、現在では「スィタ」です。
なぜか英語の[θ]の音に変わってしまいました。
「エー」も「イ」です。
だからΗも「エータ」から「イタ」になっています。
Φ φは[pʰ] →[ɸ]→ [f] もとは「プヘー」だったのが今はφι「フィ」になっています。
[ɸ]は現代日本語の「ふ」でやはり人間の怠けかたは世界中おなじだということがわかります。
ギリシャ語と日本語、全然ちがう言語なのに発音するのは人間の口なので発音できる音もかぎられているし、おなじことが起きるんですね。
やまとことば~ハ行転呼音。パピプペポだった!?
Χ χも[kh]で「クヘー」だったのが、今はなんとχιで「x~ç (ヒ) 」になっています。
[x]はスペイン語の「ヒ」
[ç]はドイツ語や日本語の「ヒ」です。
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