「大きな」「小さな」「大きい」「小さい」はじめに
「大きな」と「大きい」
「小さな」と「小さい」
は意味はおなじなのになんで2つあるんでしょうか?
またおなじ顔をした「大きな」と「小さな」は語源を辿ると別物であることがわかります。
どこの国の言葉でも時代と場所で変わっていきます。
言葉は生きています。
これは言葉の乱れではなく、言葉はつねに成長し進化し変わっていくのです。
ただ、日本語の特徴として、新しい言葉が出てくると古い言葉が完全に駆逐されて入れ替わるのではなく、「同居する」ということがあります。
ネイティブにとってはどうでもいいことだけど、外国人学習者にとってはしばしば混乱の元になります。
文法的なちがい
大きな・小さな:連体詞
大きい・小さい:イ形容詞
連体詞
体言 (名詞) に連なる。
活用変化しない。
述語にはならない。
イ形容詞
体言 (名詞) を修飾する。
活用変化する。
述語になる。
例文:
大きな家 / 大きい家 (どちらもつかえる)
この家は大きだ✖
この家は大きい⭕️
ナ形容詞 (形容動詞)
静かな / 静かに / 静かだ
穏やかな / 穏やかに / 穏やかだ
ナ形容詞はこのように活用します。
しかし、「大きな」「小さな」は活用しません。
形が変わりません。
だからナ形容詞とは分けて、連体詞と呼びます。
国語文法では形容動詞と言いますが、これは誤解を招く言葉です。
形容詞なのに動詞?
形容詞とのちがいは?
活用するので形容動詞という名前をつけられたけど、役割としては形容詞なので外国人向けの教育では、国語文法の形容詞をイ形容詞、形容動詞をナ形容詞と呼んでいます。
このほうが合理的でわかりやすく誤解もありません。
古語
なんでこうなったの?というときは古語を調べるとわかることがあります。
「近頃のわかいもんは!」とか
「最近は言葉が乱れとる!」とか
言ってる年寄りもその親の世代、それより前に遡ると乱れていることはザラです😄
人は自分が生まれたときの言葉や習慣が正しいと思いこみますが、数十年遡れば、それは当時の社会通念・常識ではまちがいということはめずらしくありません。
古代遺跡からも「近頃のわかいもんは!」という文言が出てくるそうです😂
大き (おほき)
読みは「おおき」です。
大き:連体詞
万葉集 (800年頃) に記載があります。
つまり、当時は「大き」だけで名詞を修飾したのです。
現代風に言えば「大き家」です。
大きなり (おほきなり) :形容動詞ナリ形 / ナ形容詞
現代のナ形容詞のもとになった「~なり」の形が出てきました。
800~1000年頃
枕草子、竹取物語、源氏物語などに出てきます。
「大きなる家」「大きに」など。
述語の形として「であり」から音変化した「だ / じゃ」と合体しました。
ところが現代語では「大きだ」とは言わないんですね。
「大きに」は西日本には残っています。
西日本は方言ではなく古語の形を残しているのです。
むしろ現代語のもとになった東京の言葉 (東言葉) はもともと京都から見れば方言だったのです。
大きい:イ形容詞
室町時代の狂言小歌に出てきます。
1300年頃です。
いわゆる言葉の乱れです😄
当時の年寄りは眉を顰めてこう言ったにちがいありません。
「近頃の若いもんは💢」
「『おおきい』とはなにごとだ。『おおきなり』だ」と。
こうして現代では「大きい」が定着し、「大きなり / 大きなる」という言いかたは廃れてしまいました。
新旧混淆
ところが日本語の特徴として、新しい言葉や言いかたが出てきても、一部だけ古い言いかたが生き残って存在しつづけるのです。
名詞を修飾するときだけ「大きな」という形が残りました。
これは共通語では「大きなる」とか「大きに」とか活用しないので連体詞として扱います。
「やむを得ず」とか「いわゆる」なんていう古語もその形でだけ現代でも使われています。
小さし (ちひさし)
読みは「ちいさし」です。
じゃあ「小さな」も「大きな」とおなじ流れかと思いきやこれがちがうんです😮
こちらはもともと「ちひさし」という形容詞のク活用しかありません。
ク活用
ちひさし→ちひさく
近し (ちかし)→ちかく
最近「近しい」という言葉が持てはやされていますが、これは近世以降に出てきた言いかたです。
これはシク活用です。
シク活用
美し (うつくし) →うつくしく
うれし→うれしく
両刀使い
うまし→うまく / うましく
現代語ではク活用の「ちかし」は「ちかい」のように「し」を「い」に変え、
シク活用の「うつくし」は「うつくしい」のように「い」を付け足したので、
どちらも「い」のところだけが活用し、両者のちがいはなくなりました。
小さな
じゃあ「小さな」はどこから?
おそらく「大きな」の影響を受けて、
「『大きな』があるんだったら、『小さな』があってもいいんじゃね?」と言ったかどうか、反対語として自然発生的にできたのではないでしょうか。
大し・多し (おほし)
古語辞典には「大し」も「多し」も記載がありません。
もちろんこの2つはもともと1つの言葉です。
やまとことばは数がすくなかったけど、中国から漢字がはいってきてやたらに使い分けるようになりました。
便利な反面、複雑過ぎる。
「おほし」ありきで、その連体形「おほき」から「おほきなり」が作られたようです。
多かり
漢字によって意味を使い分けることからか、もともとのやまとことばも意味の分化が起こり、「多し」のほうは漢文訓読以外では「多くあり」が縮まった「多かり」をつかうようになりました。
これは「大し」と区別するためだと思われます。
現代では
「大きい (おおきい) 」
「多い (おおい) 」
という区別がされるようになりました。
もとは1つの言葉です。
大いに・大いなる
さらに「おほき」が「おほい」に音が変わって「おほいに」や「おおいなる」という言葉もつかわれるようになりました。
「大いなる西部」なんていうとちょっと古めかしい感じがするけど、「大いにやってください」という言いかたは現代でも健在です。
ニュアンスと使いかたのちがい
文法的には冒頭で説明したとおり。
連体詞は名詞を修飾するけど述語としてはつかえない。活用しない。
形容詞は修飾語としても述語としてもどちらでもつかえる。活用する。
じゃあちがいはないのか?
大きな顔
1. 物理的に大きい
2. 態度がでかい。顔が大きいのではなく比喩的な表現
大きい顔
物理的に大きいときしかつかえない。
名詞を修飾するときは連体詞「大きな」をつかう
これは決まりではないけど一般的にこの傾向があります。
「大きい顔」「大きい家」はまちがいではないけどちょっと居心地がよくないです。
「大きな顔」「大きな家」のほうがふつうです。
(参考:デジタル大辞泉。新明解古語辞典第二版)
やまとことば ~ 一覧
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