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- 1 先生がすべきこと
- 2 生徒が望むこと
- 3 悪い先生
- 3.1 テキストを読むだけ
- 3.2 このテキストはまちがっているといいながら、そのテキストを使う
- 3.3 板書しない。プリントも配らない
- 3.4 先生自身がテキストを一度も読んでいない
- 3.5 ページを飛ばしても気づかない
- 3.6 問題を解かせているときに、別の話をする
- 3.7 パソコンの操作をプロジェクターで映しながらどんどん先に行く
- 3.8 わからないところはネットで調べろという
- 3.9 ずっと座ったまま
- 3.10 質問に答えない
- 3.11 好きな生徒、嫌いな生徒の差別が露骨
- 3.12 知ったかぶりをする
- 3.13 まちがいをけっして認めない
- 3.14 白を黒と言いくるめる
- 3.15 まちがってもいいからと答えさせて、まちがったらボロクソに言う
- 3.16 学生同士で話し合いをさせて、発表させる。→全否定
- 3.17 自慢と生徒の否定ばかり
- 3.18 生徒の答えがあってるのに「全然ちがいます! 」といって、同じことを言う
- 3.19 ベストプレーヤー≠ベストトレーナー
- 3.20 スキーのインストラクター
- 3.21 差別と偏見に満ちている
- 4 こんな先生がいい
- 5 おじさんオススメの記事
- 6 注目の記事
- 7 話題の記事
- 8 人気の記事
「いい先生」「悪い先生」
先生がすべきこと
「知らない人、わからない人に『わかるように』教えること」
「先生」は「教師」ともいいますね。
人に教えるのが仕事です。
人にものを教えるにあたり何をすべきか必然的に決まります。
生徒が望むこと
上に書いたこととまったく同じ。
視点がちがうだけ。
「自分が知らないこと、わからないことを、『わかるように』教えてくれること」
悪い先生
以下は実在する先生です。
テキストを読むだけ
テキスト読むだけなら先生は要りません。
このテキストはまちがっているといいながら、そのテキストを使う
それなら正しいテキストを使ってください。
なんで「このテキストはまちがってる」といいながらそれで授業をするんですか?
板書しない。プリントも配らない
メモを取る時間もない
このテキストに書いてあることは古いとか、まちがっているといいながら、板書もせず、プリントも配らず、口頭でしゃべるだけでメモをとる時間もない。
テキストがないならプリントを用意するとか、板書するとか。
それすらしない。
先生自身がテキストを一度も読んでいない
テキストを読むだけなのに読みかたがわからないところがあったりする。
また、誤字、脱字があってもそのまま読む。
えっ? ってことはこの先生はこのテキスト読んだことがないんだ。
いま読むのがはじめて!?
読んでたら、読みかたがわからないところはそのとき調べるし、誤字があったらそのとき気がつくよね。
ページを飛ばしても気づかない
ページを飛ばして2ページ先を読んでいるのに気がつかない。
つまり、この先生は内容をまったく把握せずにただ文字を読んでるだけということですね。
意味を考えながら、内容を把握しながら読んでいたら、文章や流れがおかしいから気がつきますよね。
問題を解かせているときに、別の話をする
問題を解かせている最中に「できた人は〇〇をやってください」とか、ほかの課題の説明をする。
聖徳太子じゃないんだから同時にできるわけがない。
パソコンの操作をプロジェクターで映しながらどんどん先に行く
1つの画面を出したらそのページのどの部分に操作する部分があるかも示さずに自分だけ操作して別の画面に切りかわってしまう。
コードなどを自分のパソコンに入力してる最中に別の画面に変えてしまう。
わからないところはネットで調べろという
ネットで調べるなら先生は要りません!
ずっと座ったまま
体が悪いんでしょうか?
コードなどの質問のときはパソコンの画面を見ながら説明しないとムリなのに、頑として椅子から立たず、口頭でコードを読み上げるだけ。
質問に答えない
まず質問を聞こうとする態度がありません。
質問の意味がわからないふりをする。
あるいはほんとうにわからないのかも。
そして生徒がおかしなことを言ってるかのようにすりかえる。
質問と関係ないことを言う。
たとえばこんなふうに。
「先生。太陽は東から昇るんですか? 」
「太陽は恒星です。惑星ではありませんよ! そんなことも知らないんですか! 」
天然ボケなのか、知ってててわざとやってるのか。
わからないから聞いてるのに「言ったはずです」の一点張り
好きな生徒、嫌いな生徒の差別が露骨
好きな生徒の質問には答えます。
それどころか自分から「〇〇さん、わかりますか? 」と問いかけさえする。
嫌いな生徒が質問したとたん、顔つきが険しくなり、質問と関係ないことで生徒を責めたり、悪く言ったりして、とにかく質問する意欲を失わせようとします。
嫌いな生徒にいう言葉はいろいろ用意してあります。
「言ったはずです! 」
「前の授業でやりました! 」
「先生の話を聞いてないからです! 」
「ここは重要だと言ったはずです! 」
「何がいいたいかわからないですね」
それでもひるまない生徒には、最終的には無視です。
知ったかぶりをする
いちばんやってはいけないことです。
知らないことはちゃんと調べてから教えるべき。
ウソを教えるくらいなら教えないほうがマシ。
まちがいをけっして認めない
先生だって人間だからまちがってもいい。
ただそれを認めて、正しい答えを示してくれればいい。
しかし、このテキストがまちがってるとか、あきらかに自分のミスやかんちがいなのにそれを認めない。
白を黒と言いくるめる
もうひどいとしか言いようがありません。
まちがってもいいからと答えさせて、まちがったらボロクソに言う
杖を振って犬を呼ぶというのか、「おいでおいで」して、近寄ったら棒で叩く。
学生同士で話し合いをさせて、発表させる。→全否定
何か問題を出し学生同士で考えさせる。
一見、いい授業風景ですが悪用されます。
ほんらいは学生の自主性や、自分で考えること、人と話し合うことを目的としているのですが、実際はちがいます。
まず、生徒同士で話し合いをさせれば自分は「休んで」いられます。
いや、これが本来の目的ではないんですよ。
学生同士に「ああでもないこうでもない」と議論させといて端からそれを認めるつもりはありません。
むしろ、予想どおりの解答を得て、それをこきおろすのが目的です。
最初から否定するつもりなら議論させて発表させなければいい。
いやいや、先生は学生を否定して自分のハリボテのプライドを守るのが目的ですから。
しかも、学生がAという答えを出せば、Bだといい、
学生がBという答えを出せば、Aといいます。
ああ言えばこう言う。
天の邪鬼ですね。
自慢と生徒の否定ばかり
完全に先生自身が「劣等感」の凝り固まりです。
だから自分がいかに物を知ってるかをひけらかし、生徒のまちがいや無能をほじくり出して笑います。
先生だから専門分野において生徒より知ってるのは当たり前じゃないですか。
というより知らなきゃ困ります。
でも、場合によっては先生より生徒が知っていることもあります。
まして専門分野以外では、生徒のほうが先生であることもあります。
ある分野で人より「多少」ものを知ってるからといって、人間的にえらいわけではありません。
自慢をしても、他人の無知や欠点を笑っても、誰も尊敬してくれないことはふつうの大人ならよく知っていることです。
生徒が望むのは「自分がわからないことをわかりやすく教えてくれる」ことだけです。
生徒の答えがあってるのに「全然ちがいます! 」といって、同じことを言う
生徒が正しい答えを言ったにもかかわらず「全然ちがいます」とかならず否定します。
そして正解を述べるのですが、それっていま生徒が答えたものとまったく同じではないですか?
合ってるじゃないですか!
こんな感じです。
先生「1+1はいくつですか? 」
生徒「2です」
先生「全然ちがいます! 」
生徒「? ? ? 」
先生「正解は2です! 」
だから「2です」って答えたじゃないですか!
とにかく人のいうことを否定しなければ気がすまない人種です。
ベストプレーヤー≠ベストトレーナー
自分が知ってる、上手にできるというのと、人にうまく教えられるというのはまったく別の技術と能力です。
スキーのインストラクター
「こうやって滑るんですよ」といって滑ってみせる。
あなたが上手なのはわかりました。
わたしが知りたいのはそんなことではなく、自分はどうすればそのように滑れるのか?
あるいは自分がそのように滑れないのは「どこにどのような問題があるのか? 」
なんか変なんだよな
それじゃ何の解決にもなりません。
実技系の講師にはこういうのが多いです。
どこがどうおかしいのか?
たとえば
膝が伸びきってる。→膝をもっと曲げてバネを利かせるといいですよ。
ターンが遅れる。→ターンする前に、ターンする方向に上半身を向けておく。
このように生徒の問題点を見抜き、どうすればそれが改善されるのか理解し、それを伝える。
これができない先生は先生ではありません。
ただ人よりちょっとだけ上手にできるだけの人です。
差別と偏見に満ちている
ある先生がこうのたまいました。
「女性は子どもを産むからえらいのだ! 」
もちろん女の先生です。
じゃあ「子どもを産まない女性はどうなるんですか? 」
結婚したくても結婚できない人もいる。
結婚して子どもがほしいけど子どもができない人もいる。
結婚したけど何らかの理由で子どもを作らない人もいる。
彼らは人間として劣るというのですか?
子どもがほしくても子どもができない人がどんな気持ちで聞いていると思ってるんですか?
わたしはじっさいに訊きました。
すると、さらにこういいました。
「でも、ほとんどの女性は子どもを産むでしょ」
とんでもない差別と偏見に満ちた人です。
このような人は先生である前に「人間失格」です。
まずあなたは「人の道」「人の心」を勉強してください!
こんな先生がいい
かゆいところに手が届く!
これが人間と機械の大きなちがいです。
質問にちゃんと答えてくれる
1度、いや何度か説明したかもしれないけど、1度聞いただけ、1回読んだだけで理解して覚えられるなら誰も苦労しません。
もし生徒が理解できない、覚えられないなら、先生の教えかたが悪いのだと思ってください。
何度でも答えてくれる。
テキストに載ってないことでも答えてくれる。
何がわかっていないのかわかる
理解できない生徒というのは「自分が何がわからないのか、わからない」という問題があります。
だから質問できる生徒はまだ理解できているほうで、ほんとにわからない生徒は質問さえできません。
この生徒は何がわかっていないからこれがわからない、ということを見抜くことが重要です。
そして、どうすればそれを理解させることができるか知っている先生がほんとの先生です。
人間と機械のちがい
ネットや辞書や資料などで調べる場合
ネットには情報があふれていますが、検索には「技術」が必要です。
的確な「キーワード」を入力しないと欲しい情報が出てきません。
コンピュータの情報量と、処理能力は素晴らしいものですが、人間とちがって「想像力」がありません。
だから、「、」1コついてるだけでエラーが出てしまったりします。
人間なら「この点はまちがってつけてしまったんだよね」とわかることもコンピュータにはわかりません。
辞書や資料など印刷したものを調べる場合にも、調べる技術がないと必要な情報が出てきません。
人に聞く場合
曖昧な言葉、少ない情報量でも、それを補い、想像力を働かすことができます。
質問者がまちがった言葉を使っていても「きっとこのことがいいたいのだろう」と想像することができます。
また、コンピュータのように階層を手順をふんで追っていかなくても、いきなり目的のページにジャンプできます。
これが人間のすごいところです。
わからないことがあったら次のときまでに調べてくる
先生だってわからないこと、知らないことがあっていいんです。
全知全能の神じゃないんだから。
それを知ったかぶりをしてウソを教えたり、まちがいを正しいと言いくるめようとするほうが不信感をいだきます。
というかまったく信用できない、当てにならない先生です。
「先生もわからないので調べときますね」といって、次のときに教えてくれるほうがよほど信用できるし、頼りになる先生です。
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