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「thou」「ye」「you」「þ」「thorn」「ソーン」
以前、2人称について書きました。
2人称には、どこの国も苦労してる! 世界各国みんなオタク族!
英語は you だけでいいね。
日本語は「あなた」「君」「お前」「お主」「自分」など人称を表す言葉がたくさんあってどれをつかうか迷います。
つかう言葉によって、丁寧だったり、ぞんざいだったり、あるいは親密さを表したり、さらにはその人の性格や考えかたまで表します。
「自分」はほんとに自分のこともあるし、関西では相手のことを指す場合もあるので外国人には奇々怪々な言語です。
もともと丁寧だったはずの「あなた」でさえ、いまでは失礼な感じを与えてしまいます。
そもそも相手を指差したり、名前を呼んだりすること自体が失礼という感覚があります。
困った挙げ句に出てきたのが「オタク (お宅) 」です。
でもこれはおばさんたちがつかってた言葉でとくに新しくはありません。
直接、相手を指す代わりに「あなたの家」という言葉をつかって逃げています。
この言葉が「オタク族」となり、ひいては「オタク」という文化にまで上場しました
しかし2人称に苦労しているのは日本人だけでなくヨーロッパ人もおなじです。
イギリス人もけっしてお気楽民族ではありません。
you になる前は、thou をつかっていましたから。
Þ, þ (ソーン)
さて thou に行く前にこの文字と発音について書いておかなければなりません。
この p (ピー) もどきの文字は thorn, þorn ソーンといって、日本人にとって難解な th [θ] の音を表します。
ð は eth [eð] で、有声音 (ズ) なんだけど英語では区別なくつかいます。
これはルーン文字の ᚦ (スリサズ, thurisaz, þurisaz) からイギリスでつかわれるようになった文字です。
th [θ / ð] の発音は日本人だけが苦手なんじゃありません。
安心してください。
すくなくともおじさんが知るかぎり、ドイツ語、フランス語に th [θ / ð] の音はありません。
だから英語の theater は、フランス語では théâtre と仰々しい綴りですが、h は発音しないので「テアトル」と言います。
あっ、そもそもフランス語が英語の theater になったんですけどね。
イギリスの綴りは theatre です。
ドイツ語では Theater と書きますが、やはり h は発音しないので、「テアーター」になります。
ちなみにおなじゲルマン語の子孫の英語とドイツ語にはおもしろい呼応があって、英語の th はドイツ語では d になります。
例:
英 think – ド denken
英 thank – ド danken
スペイン語にいたっては「どうせ h は読まないんじゃけえ、要らなくね?」と h を取って、teatro (テアトロ) になってしまいました。
なんと日本人フレンドリーな言葉でしょう。
スペイン語では、ci, ce, za, zi, zu, ze, zo は [θ] なんだけど、[ð] はありません。
スペインはイベリア半島と言われるように、ケルト=イベロ族なので、英語との関連が見受けられます。
それとべつにノルマン・コンクエストでフランス訛りのラテン語が英語にはいったので、ラテン語としても似ているところがあります。
だって発音しにくいんだもん。
スペイン人もいずれ、[s] の発音に変わっていくのではないかと思います。
それからアメリカでも南部では th を d と発音する訛りがあります。
有り体に言えば黒人奴隷の発音ぽく書いたんです。
日本でラッツアンドスター (古~い) なんてえのが一世風靡したことがあって、アメリカでは白人が顔を黒く塗って黒人のように歌うのが1つの流行りだったんですね。
フォスターが作詞作曲した「故郷の人々 (スワニー河) 」では the が de と書かれています。
日本人よ。
自信を持て!
フランス人は that is を zat eez (ザット゜イーズ) と発音します
thou (ザウ) からの変遷
thou は [ðaʊ] と発音します。
カタカナで書けば「ザウ」です。
2人称単数、つまり現在の you に相当します。
現代英語の1人称と照らし合わせると、
I, my, me, mine に対して
thou, thy, thee, thine と変化します。
主格、所有格、目的格、所有代名詞ですね。
ただ thy は子音の前。
thine は母音または h の前でつかう所有格という顔も持っていました。
例:
thy mother
thine eyes
そして2人称複数が現在のものに近い形です。
ye (you), your, you, yours
これは近代の英語の形で、初期の古~い英語ではまたちがう形と発音でした。
古英語では y をつかっていません。
ギリシャのイだから。
þū [θuː]
2人称単数 thou の古い形は þū [θuː] (スー) です。
現代仮名遣いだと thū ですね。
ġē [jeː]
2人称複数は ġē [jeː] という形と発音です。
カタカナで書けば「イェー」です。
なんで g で「イェ」なのかと思うかもしれないけど、スウェーデンのイェーテボリは Göteborg と書きます。
(ゴーテボルグではありません)
またフランス語では gn で「ニャ」
cognac で「コグナック」ではなく、「コニャック」といいますね。
両数 / 双数
さらに古くは単数、複数だけでなく、両数または双数という形がありました。
1つだと、単数。
2つだと、両数 / 双数。
そして3つ以上が複数です。
イギリス人もめんどうになったようで両数は消えてしまいました。
人間は楽したい生きものなので。
それにしても初期の言語 (英語だけではない) に両数があったというのは解せません。
一部の言語にはその名残があるようです。
ye [jiː]
時代とともに g が y に書き換えられ、発音も「イェー」から「イー」に変わりました。
Good-bye
グッバイ。
見慣れた、聞き慣れた言葉ですが、語源は
God be with ye です。
「神があなた (たち) とともにいますように」
という祈りの言葉です。
y
この y という文字。
紙の辞書だとわかりやすいですが、xyzと辞書の最後のほうに取ってつけたようで、しかもxyzではじまる単語はとても少ないです。
スペイン語
スペインでは「イ・グリェガ」と読み、「ギリシャのイ」という意味です。
つまり、厳密に言うと i とは発音がちがうんですね。
[i] ではなく [ji] です。
わっかるっかなあ~
わっかんねえだろうなあ~
日本語
日本語もむかしはこの音があったはずですが、早い段階でヤ行のイ段とエ段はア行と同化してしまいました。
しかも意外なことにエに同化したのではなく、ヤ行のイェのほうに同化したんです。
それから時代を経て現代のエに同化します。
だから現代語にはヤユヨしかありません。
万葉仮名ではア行のエと、ヤ行のエ段 (イェ) の漢字が厳密に使い分けられていたので「イェ」の発音があったと考えられています。
ただ残念ながら、当時のカセットテープやCDやDVDは残っていないのでじっさいにそう発音していたかどうかはだれにもわかりません。
日本は世界でも古い歴史を持つ国なんですが、なぜか自国の文字がつくられず、西暦400~500年頃になってようやく中国から漢字が輸入されたので、それ以前のデータがありません。
万葉仮名ではたとえば江戸の「江」は ye [je] (イェ) と発音していたと考えられています。
「円」を yen と綴ることもありますが、こちらは en だとほかの言葉と区別がつきにくいからという可能性も考えられます。
¥の記号も Y に横線を引いたものですね。
ドイツ語
ドイツ語では「ユプシロン」といいます。
ギリシャ語では Υ, υ で、もともとは「ウ」の音。
それが「ユ」に変化しました。
厳密にいうと [j] ではなく、[y] なんだけどギリシャ語の記事になってしまうのでここでは説明は割愛します。
それが「ギリシャのイ」たる所以です。
þ が y になったわけ
手書きの書体が y に似てたから
手書きでは p よりむしろ y に似ていたので混同しました。
日本人だってむかしはこのブログのような印刷体、楷書体の字なんかなくて、みんなニョロニョロした字 (崩し字、叢書) を書いていたので、形が変わってしまったものもたくさんあります。
だってもともとの字がわからないもん。
常用漢字は統一されたけど、苗字につかわれる文字は統一することができず見たこともないような漢字がたくさんあります。
卑近な例では「渡辺」の「辺」の異体字は無数にあります。
活版印刷を発明したのがドイツ人だったから
活版印刷といえばだれでも名前くらい聞いたことがあるヨハネス・グーテンベルクです。
おじさんは歴史が大嫌いですが、言葉について調べているうちに、そっち方面から興味を持つようになりました。
þ (ソーン) はイギリスや北欧のほうでつかわれていた文字なので、南部、ラテン系の国ではつかいませんでした。
グーテンベルクはドイツ人なのでわざわざ異国の文字などつかいません。
印刷技術が広がっていき、タイプライターにも þ はありません。
イギリス人は困りました。
y で代用する
「おい。このタイプライターなる機械には þ がねえべ」
「んだな」
「どうすっぺよ?」
「んだな」
「おめえは『んだな』しか言わねえな」
「んだな」
「この y って文字、英語じゃあんまり使わねえし、þ に似てるからこれにすっぺ」
「んだんだ」
そしてタイプライターで y を打ったあとに、手書きで上に「・」を打って þ (th) ということにしました。
しかしもちろんこれでは混乱が起きます。
まちがいも起きます。
読み書きなどちゃんとできない下々の連中には区別もつきません。
the も ye と書く
the ももちろん þe [ði:] (ズィー) だったんだけど、手書きだと ye に似ているので、しだいに ye と書かれるようになり、発音まで「イー」になってしまいました
現代のようにインターネットや動画、音声で情報が伝わる時代ではなく、遠方には文字しか伝わらなかったので、ye と書いてあれば「イー」と読むのがむしろ当然です。
ye olde shoppe

https://feverishfiction.wordpress.com/shop/ より引用
これは現代仮名遣い?だと、the old shop です。
2人称には気をつかう
さて話をもとにもどしましょう。
相手のことを直接、指差したり、名指ししたりするのを嫌うのは日本人だけじゃないんです。
どこの国でもおなじです。
2種類の2人称
だからヨーロッパの国ではだいたい「初対面の2人称」と「親しい2人称」があります。
スペイン語なら、初対面には usted、仲良くなったら tú をつかいます。
ドイツ語なら、初対面には Sie、仲良くなったら du をつかいます。
外国人はけっしてお気楽じゃないんですよ。
人称代名詞がちがうだけじゃなく、動詞の活用も変わります。
日本語よりむずかしいです。
英語だけです。
you しかないのは。
言葉はつかうと擦り切れて汚れてくる
これは言葉の宿命ですね。
家や車や服とまったくおなじなんです。
つかえばつかうほど、擦り切れて汚れてきます。
あなた→おまえ
だから英語の thou も、もともとは「あなた」だったのに、時代とともに「おまえ」というニュアンスになってしまいました。
「おい。thou だと『おまえ』っていう意味になったぞ」
「んだな」
「どうすっぺよ?」
「んだな」
「なんか考えろよ」
「んだな」
「おまえはやっぱり『んだな』しか言わねえな」
「そうだ。こういうのはどうだ?」
「どんな?」
「2人称複数の、しかも目的格の you を、2人称単数につかうんだよ」
「よくわかんねえな」
「そう。よくわかんないほうがいいんだよ」
てなことで、2人称複数の、しかも主格ではなく目的格の you (あなたたちを / に) が、2人称単数の主格としてつかわれるようになりました。
なんとも乱暴な話です。
日本語
そもそも日本語の「あなた」って漢字で書くと「彼方」ですから。
つまり「あっちの方 (ほう) 」ということです。
目の前の相手に対して「あっちの方」と呼んでいるんですね
時代劇に出てくる「そなた」「そち」も「そっちの方」です。
「どなた?」「どちら様?」は「どっちの方?」です。
現在の「オタク」という呼び方の発想もおなじようなもんです。
「あなた」が「彼方」なんて考えたこともなかったでしょう?
だから「あなた」と言われて「どっちの方?」と悩む人はいないんです
擦り切れて汚れるといえば、「お前」はもともと「御前 (おんまえ) 」で神様に対する最上級の尊敬語ですからね。
それが殿様にもつかうようになり、単に目上の人につかうようになり、いつしか対等や目下につかう言葉に成り下がってしまいました
貴様も然り。
己れら (おのれら→おんどれら→おんどりゃー) 、手前 (てまえ→てめえ) なんか「自分自身」だからもう訳がわかりません
スペイン語でも
スペイン語では、初対面の2人称は usted、仲良くなったら tú です。
usted は3人称ですが、はじめに3人称ありきではなく、文法学者が言葉の規則性を見出しまとめて名前をつけたのが文法です。
だから例外はたくさんあります。
それを不規則動詞などといいますが、それは文法学者がかってに規則を決めたからにほかなりません
活用が3人称とおなじなだけで、2人称の丁寧形と捉えたほうがいいでしょう。
vuestra merced
語源は vuestra merced で「あなたたちの恩恵」という意味です。
merced は、英語の mercy、フランス語の merci です。
ヨーロッパ人は外国語ではなく方言、訛り程度のちがいしかなくていいですね。
いや、日本の方言、訛りのほうがもっと差が大きいですよ。
usted が3人称というより、彼、彼女とおなじ活用をするので3人称として一括りにされています。
また日本人が2人称を「あなた (あっちの方) 」というのとおなじです。
日本人はだれも「あなた」が3人称どころか、人間でもなく、「方向」を指すなんて考えながらしゃべってないですよね。
vuestra なのに、なんで usted なの?と思うかもしれませんが、
ラテン語ではそもそも英語の v に相当する音がありません。
u と v はおなじものでどちらも「ウ」と発音します。
フォントのちがいくらいのもんです。
だから略語では Ud. または Vd. と書きます。

これはイタリアのブランド、ブルガリですが U でなく V をつかっています。
でも発音は「ウ」です。
ヨーロッパで時代とともに u は母音の「ウ」として、v は子音としてつかわれるようになりましたが、その発音は様々で、英語では [v]、ドイツ語では [f]、スペイン語では [b] です。
やっぱりスペイン語好き
ドイツ語でも
ドイツ語で、初対面の2人称は Sie と書きましたが、sie はもともと、そして現在も「彼女」と「彼ら」という2つの意味があります。
「彼女」と「彼ら」、英語なら she と they がおなじなのでそれだけでもややこしいけど、どうやって区別するかというと、動詞の活用で区別するんです。
文字では、初対面の2人称は大文字で Sie と書きますが、もちろん話し言葉ではわかりません。
活用は3人称複数の「彼ら」とまったくおなじなので文脈と状況で判断するしかありません。
だいたい2人称につかうのは「命令」「依頼」「禁止」なので、「この人は自分に言っているのであって、彼らのことを言っているのではない」ということはわかります。
直訳すると「あなた、〇〇してくれませんか?」ではなく、「彼ら、〇〇してくれませんか?」というような感じですが、彼らに命令や依頼をしているのではないことはわかるので自分に対する依頼だとわかります。
あと文中に bitte (英語のplease) がはいったりします。
royal we
支配者が 1人称 (自分のこと) を we と複数で言うのは、丁寧とか、尊敬ではなく、単に
「これはわたしの意見ではなく、皆の総意じゃ」
ということにしたいからでしょう。
日本人の好きな
「みんなそうしてる」
「ふつーは」
「〇〇するのが常識」
ってやつです
「わたしは軍事力に力を入れていく」
といえば大統領個人の意見ですが、
「われわれは軍事力に力を入れていく」
といえば、いかにもそれがみんなの意見のように聞こえますわね。
いや、おじさんは「なにが『われわれ』だよ」と反発しますが。
むすび
このように日本人だけでなく、現代では you しかなく、しかも単複同形のイギリス人でさえ、2人称には悩まされていたんですね。
英語にはピジン語、クレオール語のような性質があります。
もともとブリトン人が住んでいたところに、ゲルマン人がゲルマン語を持って押し寄せ、ブリトン人を追い出し、さらに1066年にノルマン・コンクエストによりフランス語が流入し、なんと現代英語の45%はフランス語であるという言葉の寄せ鍋、闇鍋状態で、言葉や文法がとことん簡素化、簡略化されてしまったんです。
簡略化といえば聞こえがいいけど、言葉の乱れどころか、言葉の崩壊といってもいいくらいです。
それは英語の発音が母語話者でさえわからなかったり人によってまちまちだったりするのと、文法がほかのヨーロッパの言語に比べてメチャクチャ簡単ということに表れています。
ロマンス語 (英語とラテン語の関係)その1~ノルマン・コンクエスト
なんでもかんでも鍋にぶっこんで、これは一体何の料理かわからない状態になってしまったんですね。
もともと英語にあった þ はマイナーな文字で、活字を発明したのがドイツ人だったので、þ の代わりに y をつかったり、thou が「おまえ」と劣化してしまったので、you (あなたたちを) をつかうようになったということです。
日本人が「オタク」をつかうのもむべなるかな。
(wikipediaを参考)


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