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「せわしない」「忙しい」「忙しくない」「形容詞語尾」「肯定」
「せわしない」は「忙しい」「忙しくない」どっち?
「ない」を否定の「無い」だけだと思っているとまったく反対の意味になってしまいます。
「ない」には2種類ある
否定の「ない」
こちらは説明するまでもなく、前のことばを打ち消します。
もったい・ない (勿体無い・物体無い)
「もったい」に否定の「ない」がついたものです。
「勿体」は、外見・態度の重々しさ、風格などを表します。
「勿体ぶる」とか「勿体をつける」とかいいますね。
「勿体無い」は、使えるものが活かされていなくて惜しいとか、ありがたいとかいう意味です。
「勿体」の意味が変わってしまっています。
めんぼく・ない (面目ない)
言わずもがな。
たわい・ない (たわい無い)
「他愛ない」は当て字。「たわい」には漢字がありません。現代語では単独で使われることもありませんが、「しっかりとした考え」「手応え」という意味があります。
現代では、かならず否定の「ない」をつけて「たわい・ない」でしかつかいません。
「しっかりとした考えがない」→「思慮分別がない」
「手応えがない」→「取るに足りない」
形容詞語尾 (肯定) の「ない」
「強調」や「傍から見て~そうだ」という意味で、否定ではなく肯定です。
「せわし・ない」は「忙し (せわし) 」に「ない」がついて「傍から見ていて忙しそうだ。落ち着きがない」という意味になります。
だから「わたしはいま、いそがしい」というけど、「わたしはいま、せわしない」とはいいません。
バタバタ走り回って慌てふためいている人を見て、「せわしないやつだな! 」などといいます。
これもまた2種類あって、「せわし・ない」のような合体型と、「あどけ・ない」のようにもともと1つのことばのものがあります。
「あどけ・ない」に「あどけ」という単独のことばはありません。
合体型
せわし・ない (忙しない)
せつ・ない (切ない)
「切なる願い」「切に望む」などといいます。
ちなみに「切なる」「切に」はナ形容詞 (形容動詞) です。
はした・ない (端ない)
「はした (端) 」だけで、「中途半端」という意味があります。
「はした・ない」は、人から見て「みっともない」「見苦しい」という意味です。
半端ない
サッカーで「大迫、半端ない」という言葉が大流行しましたが、おじさんはもっと前にこの言葉を聞いてます。
トータルテンボスというお笑いコンビの頭モジャモジャのツッコミが事あるごとに「ハンパねえ」と言います。
このサッカーのニュースでトータルテンボスのトの字も出てこなかったのが不思議です。
そんなに認知度低かったかな?
トータルテンボスは2003年頃から使っていました。
大迫は2009年ですね。
「半端じゃない」の省略ということは言わずもがな。
みっとも・ない
「みっとも」ということばはありません。
「みとうもない (見とうもない。見たくないの意) 」→「みともない」→「みっともない」と音が変わっていきました。
夏目漱石が「吾輩は猫である」で「みっともいい者じゃない」という使いかたをしていますがもちろんまちがいです。
著名な作家がつかうと大衆はすぐそれに乗っかりますが。
もともと1語
かたじけ・ない (忝い)
「かたじけ」ということばはありません。意味は、面目ない、もったいない、ありがたいなど。
あどけ・ない (漢字はありません! )
「あどなし (こどもっぽい) 」ということばに「気 (け) 」がくっついてできたと考えられています。
おぼつか・ない (覚束ない)
「覚束」は当て字です。「おぼつか」ということばも、「おぼつく」という動詞もありません。
「あやふやなさま」「頼りないさま」
ぎこち・ない (漢字はありません! )
これも「ぎこち」ということばはありません。「ぎこつない」「ぎごちない」ともいいます。
ほかにも、「えげつ・ない」「しどけ・ない」など。
とんでもない
「とでも・ない」の音便変化です。
思いがけない、もってのほか、まったくそうではない、滅相もないという意味です。
思いがけない、驚きとともに、不快感を示します。 (あり得ない、大変だ、許せない)
例:
人のものを盗むなんて、とんでもないことだ。
相手の言葉を強く否定する。 (そんなこと絶対ありません)
例:
わたしがやったなんてとんでもない。無実です。
強い謙遜 (そんなことありません。わたしはそんな大した人間ではありません)
例:
「助けてくださってありがとうございます」
「とんでもない。当たりまえのことをしただけです」
謙遜の意味でよく使われるけど、相手の言葉や考え、行動を否定することもあるので誤解されないような使いかたをすること。
とんでもありません
「みっともない」とおなじく、「みっとも」とか「とんでも」とかいう言葉があるわけではないので「とんでも・ある」という言葉は存在しません。
したがって、「とんでも・ありません」という言葉もありません。
正しくは「とんでもないことでございます」と言うのですが、目くじらを立てるほどのことではないでしょう。
言葉は生きていてつねに変化して、ほとんどの人がそれをつかっても違和感がなく、意思疎通できればそれはすでに「正しい」言葉なのですから。
不甲斐ない (ふがいない)
ふがいない
「不甲斐無い」「腑甲斐無い」と書きます。
「情けないほど意気地なし」という意味です。
でも、ちょっと変ですね。
最初に「不」と否定していて、さらに後ろに「ない」がついてます。
「甲斐」とは「効果」「値打ち」「価値」という意味です。
「やった甲斐があった」とか「やり甲斐」とかいいますね。
この否定形の「甲斐なし」ということばがあります。
① 人につかうと、「役立たず」「使えないやつ」ひいては「意気地なし」という意味。
② 物事につかうと、「努力したのに結果が得られない」「報われない」「無駄だ」「骨折り損のくたびれ儲け」という意味です。
それで区別するために「人に使う」ほうに、より否定の意味あいをこめて「不」をつけるようになったのでしょう。
そのとき「かいなし」の「なし」は否定の「なし」だという認識はなく、「かいなし」で「ダメなやつ」という感じで、「不」をつけたのでしょう。
さらに、それでは変だという人が「腑」に書き換えたんですね。
でも、「腑」の字はむずかしいから、「不」のほうが定着した😄
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