目次をご覧になりたい方はクリックしてください→
「自動詞」「他動詞」「使役」「受身」
自動詞と他動詞に何か法則はないかと調べはじめたら想像以上に日本語は複雑怪奇であることがわかりました。
すべてがまとまってから公開しようとするとおじさんはすでにこの世にいないかもしれないので未完成でも公開して随時、加筆・修正していきます。
内容としては大学の日本語学科の卒業論文のレベルです。
仕上がり具合は教授に「おととい来い」と言われるレベルです😂
おじさんがこれを調べはじめたのは理由があります。
「驚かしてごめんね」と「驚かせてごめんね」があり、どちらかはまちがいなのかと思いきや、「驚かす」という古形と「驚かせる」という現代形の2通りの言葉が罷り通っていることが原因だと判明したからです。
じっさいには「驚かせる」という単語は辞書には載っていなくて、あくまで「驚かす」の使役形です。
「驚かす」で他動詞なのに、さらにそれを使役形にするのもあながちまちがいとは言えません。
というのも自動詞の「驚く」があり、相手に「驚く」ようにさせるので「驚かせる」という形が広がっています。
おなじようなペアに「間違う」と「間違える」があります。
これも他動詞なんだけど、対象は人ではなく物事なので「驚かす/驚かせる」ペアとはすこしちがいます。
こちらは「間違える」が現代形として辞書にも載っています。
活用が「間違い」と「間違え」と2通りあることになりますが、面白いことに名詞としては古形の「間違い」のほうがふつうです。
この記事では、だ、である、ですますが混在してるけど、気が向いたら直す / 直します😅
また自分でも混乱していてまちがいもあるかもしれませんが参考にしてください。
ここまで調べて分類している人もめずらしいと思います。
宮本武蔵も五輪書を書いて1週間後に亡くなっていますから。
後悔しないように。
日本人がこの複雑怪奇な言葉を操っているのは日本人が特別賢いからではなく、文法を知らずにしゃべっているからです。
たとえば「負けず嫌い」なんて文字どおり取ると「負けないことが嫌い?」「負け嫌いじゃないの?」になってしまうけどそれは1つの言葉の塊として覚えているので矛盾にも気づかずつかっています。
日本語を外国語として勉強する外国人には「何これ?」っていうやつですね。
Why Japanese people! というかれらの悲痛な叫びが聞こえてきそうです😄
ええ、もちろん外国語にもそういう矛盾はたくさんあります。
なんでやねん!という外国語がたくさんあります。
おたがいさまですよ。
それが言葉というものです。
言葉は恣意的。
勝手気ままです。
言葉は文法学者が考えたのではなく、民間人が自然発生的につかい進化したものだから。
自動詞と他動詞
自動詞:目的語なし
他動詞:目的語あり
日本語のとくに動詞のつくりかたとして、
「自動詞→使役→他動詞として定着」
という傾向が多いです。
現在でも日本語では他動詞とその受身をつかうのをできるだけ避けて、自動詞をつかいます。
「見つける (他動詞) 」よりも「見つかる (自動詞) 」をつかうのがいい例です。
自動詞
自分1人で動作する。自分が動く・移動する。動かす相手や対象・物はない。
物が (人の力を受けずに) かってに、ひとりでに動作する。
「見つかる」のように「受身」的な意味合いにもつかわれます。
「が」~する。
いる、ある、立つ、座る、歩く、走る、飛ぶ、泳ぐ、笑う
人や動物:猫がいる。人が立つ。人が座る。犬が歩く。馬が走る。鳥が飛ぶ。魚が泳ぐ。鬼が笑う。
物、自然現象:山がある。雨が降る。戸が開く。時間が過ぎる。空が晴れる。川が流れる。
基本的に「が」で、「は」をつかうのは特別な場合だけです。
例:
鳥は飛ぶものだ。 (その種の習性、性質)
鳥は飛び、魚は泳ぐ。 (対比・並列)
他動詞
(人が) 目的語 (物・対象) に働きかける。
「驚く→驚かす (驚かせる) 」のようにほんらい「使役」の形のものが他動詞として定着したものもあり、使役と他動詞の境目は曖昧といおうか、ないといったほうがいいかもしれません。
「を」~する。
読む、書く、聞く、話す、食べる、見る、打つ、壊す
本を読む。字を書く。音楽を聞く。日本語を話す。ご飯を食べる。テレビを見る。釘を打つ。おもちゃを壊す。
これには別途、主語がつきます。
わたしは本を読む。子どもが字を書く。彼が音楽を聞く。
起点・通過点の「を」
家を出る。
橋を渡る。
公園を通る。
などの「を」は目的語ではなく、場所・通過点を表しているので注意。
家を建てる。
橋をかける。
公園を作る。
なら、目的語
自他のペア
自動詞と他動詞のペアがある動詞があります。
( ) はその行で音が変わることを表します。
く-ける、す-せる、のように。
日本語を勉強するときはひらがなをつかうべきで、ローマ字は好ましくないけどあくまで音の変化を示すためにつけています。
ローマ字で日本語の音韻変化を理解しようとするとかえってわからなくなることもあります。
悪い例が英語の解説書のu-verb, ru-verbです。
これで勉強する外国人は狐につままれて、混乱していつまで経っても日本語の活用に慣れません🦊
基本的に自動詞→他動詞の順番で書いてます。
(う) – (え) る -u, -eru
開く (あく) -開ける (あける)
つく-つける (付、点)
向く-向ける
※ 入る (いる) -入れる (いれる)
現代では「入る (いる) 」をつかうことはなく「はいる」という読みかたに変わっている。 (後述)
※ 縮む (ちぢむ)・縮まる (ちぢまる) -縮める (ちぢめる)
自動詞の形が現代の「縮まる」より古形の「縮む」のほうが幅を利かしているのでここに入れたけど、「ある-える」のグループにもはいる。
(え) る- (う) -eru, -u
上の例と自動詞と他動詞の形がまったく逆になるので注意!
つまり、決まりはないということ。
解ける (ほどける) ←解く (ほどく)
剥ける (むける) ←剥く (むく)
焼ける (やける) ←焼く (やく)
煮える (にえる) ←煮る (にる)
挫ける (くじける) ←挫く (くじく)
脱げる←脱ぐ
撚れる←撚る
特殊な例
見える-見る
聞こえる-聞く (おえる←う)
これらはほんらい自発の「ゆ」の現代形です。
「燃える」もこの仲間です。 (後述)
※ 「業を煮やす」のように古語辞典にも存在しない「煮る」の使役形のような「煮やす」という言葉もありますがこの慣用句でしかつかいません。
辞書にはないけど変換候補には出てきます😮
(あ) る- (え) る -aru, -eru
重なる-重ねる
儲かる-儲ける
上がる-上げる
下がる-下げる
変わる-変える
曲がる-曲げる
固まる-固める
重なる-重ねる
儲かる-儲ける
授かる-授ける
嵌る-嵌める
つながる-つなげる / つなぐ
現代形の「つなげる」と古語の「つなぐ」の両方の形が混在している例ですね。
これは「つなぐ」の可能形とも捉えられるので文脈から判断します。
また「つなげる」を可能形にすると「つなげられる」です。
ああややこしや~。
る-す -ru, -su
なる-なす (成る、為る、成す、為す。ほんらいこの2つの漢字の区別はありません。現代国語では為る、為すのほうは常用漢字音訓外です)
かえる-かえす (返、帰)
残る-残す
落ちる-落とす
下る (くだる) -下す (くだす)
上る (のぼる) -上す (のぼす) / 上せる (のぼせる)
(え) る-す -eru, -su
隠れる-隠す
そもそもこれは「隠る (かくる) 」という下二段活用が現代の「隠れる (かくれる) 」という下一段活用に変わったものです。
だからほんらいなら
隠る (かくる) -隠す (かくす) で、上の「る-す」の範疇にはいります。
こぼれる-こぼす (零れる)
これももとは「こぼる」という下二段活用なので「る-す」です。
流れる-流す
これももとは「ながる」という下二段活用です。
いる-おす -iru, -osu
下りる-下ろす
いる-あす -iru, -asu
伸びる-伸ばす
※ これもほんらい「伸ぶ (のぶ) 」という上二段活用が「伸びる (のびる) 」という上一段活用に変わったので「う-あす」の範疇にはいります。 (後述)
使役形から他動詞として定着したもの
上の例でもそうですが全体的な傾向として、
「る」自動詞。
「す」他動詞 / 使役。
です。
(え) る- (あ) す -eru, -asu
出る (でる) -出す (だす) これは語幹の読みかたも変わってしまいます。
「出る」はなんと「づ」または「いづ」から。
「いづ」はもともと「出る (自動詞) 」と「出す (他動詞)」の両方につかった。
「出す」は「いだす」から。
燃える-燃やす (ほんらい「燃ゆ」なので「え」はヤ行の「ye」)
生える-生やす (同上)
増える-増やす (同上)
暮れる-暮らす (もとは「暮る」から)
遅れる-遅らす (もとは「遅る」から)
これらの自動詞はいずれももとは下二段活用。
だからこれらは下のグループにはいる。
溶ける-溶かす (もとは「溶く」から)
この言葉は特殊な例。
古語の「溶く」は自他両方の意味があって、しかも自動詞は下二段活用、他動詞は四段活用 (現代の五段活用) 。
そして、現代でも他動詞としての「溶く」は「溶かす」と併用してつかうのです。
これが日本語のややこしいところ。
「溶く」と「解く」はもともと同じ語源です。
そもそも「溶解する」という言葉があるでしょ。
う- (あ) す -u, -asu
笑う-笑わす (笑わせる)
迷う-迷わす (迷わせる)
惑う-惑わす (惑わせる)
「笑う」の他動詞 (使役) には「笑かす」「笑わかす」の進化形態もあります😄
「紛れる-紛らす」も紛らわしいのでこちらをどうぞ。
これが日本語のややこしいところ。
でも日本人には文法はともかく何となくわかるからそれでいいんです😂
ただ外国人には「で、どれなの?」となってしまいますね。
どれでもいいは、外国人には困るんです。
でも外国語にも「どれでもいい」があるのであいこです。
驚く-驚かす (驚かせる)
動く-動かす (×動かせる)
減る-減らす (×減らせる)
これらは現代語では「す」が「せる」の形になっている。
ところが「動く」の他動詞は「動かす」で「動かせる」ではない。
「動かせる」というと「動かすことができる」という可能形になってしまう。
一方、「驚かせる」が可能だと感じないのは、「驚かす」ことに技術や可能性を感じないから。
また「驚く」のは人間の感情の動きや反応なので、相手をそのように「差し向ける」意味合いがあるのに対して、「動く」「動かす」「動かされる」のは物事なので使役形は不自然。
このように現代語では「せる」に移行したものと、両方存在するものと、古形のままのものがある。
これが日本語のややこしいところ。
その他
(は) いる-いれる (入れる)。ほんらい「這入る (はいいる) 」
この言葉がつかわれるようになったのは、同音異義語 (居る、要る、射る、炒る、煎る) が多いのと言葉が短いので聞き取りにくいためでしょう。
また「入る」だと「いる」と読むのか「はいる」と読むのか日本人でもわかりません。
厳密に言えば「入る」は「いる」としか読みません。
「はいる」は「這入る」です。
だからおじさんはいつもひらがなで書きます。
自発の「ゆ」
古語 (上代語) では、自発の「ゆ」があります。
上代とはおもに奈良時代を指しますが、言葉は時代と地域によって徐々に変わっていったのでその区切りは曖昧です。
現代でさえ地域によって言葉がちがうのですから。
これは現代語では「える」という音に変わっています。
厳密には「-yeru」なんだけど、ヤ行の yi, ye はかなり古い時代にア行の「い、え」と同化してしまったためひらがなさえありません。
燃ゆ→燃える
見ゆ→見える
聞こゆ→聞こえる
これもほんらいは「聞く」の未然形「聞か」+「ゆ」で「聞かゆ」が「聞こゆ」に音変化して、さらに現代の「聞こえる」に変わったという経緯があります。
潰ゆ (ついゆ) →潰える (ついえる) →費やす (ついやす)
このように語源はおなじなのに漢字を使い分けることでべつの言葉のような顔になってしまっています。
これが漢字の悪いところです。
いや漢字が悪いのではなく、日本人 (国語審議会→国語分科会) がわざわざややこしいルールをつくってしまったからです。
国語の先生はここぞとばかりこれを漢字のテストにつかいますが、まるでヤクザの言いがかりですね。
ちなみに費えるもつかえますが見たことがありません。
原因→結果
他動詞 (原因) →自動詞 (結果)
燃やす→燃える (他動詞→自動詞の順番なので注意)
煮る→煮える
壊す→壊れる
倒す→倒れる
自他のペアにはこのような対が多いです。
自動詞だけのもの
無対自動詞などといいますが、要するに自動詞の形だけで、他動詞のペアがいないシングルです😅
たとえば「凍る」は自動詞で、他動詞がありません。
「凍らす / 凍らせる」があるじゃないか。
というあなたはすこしわかっていますが、じつはこれは他動詞として存在しているのではなく「自動詞の使役形」なんです。
臨時に、一時的に活用して形を変えている。
そこの課長職がないため、課長代行を務めてるようなもんです。
あくまで臨時の代理です。
正式な課長が見つからないと臨時の代行のはずが、なし崩し的に正式な辞令もなくいつの間にか課長の席に居座ってしまいます。
当人が望むと望まざると。
使役と他動詞もこれとおなじで、使役が長くつかわれていると他動詞としての市民権を得て辞書の見出しに載るようになります。
使役形 ~ あす、あせる -asu, -aseru
このように他動詞のペアがいないときは「使役形」をつかいます。
凍る-凍らす / 凍らせる
上に書いたように「笑う-笑わす / 笑わせる」のようにすでに市民権を得て辞書に載ってる大物もいます。
でももとをたどれば使役からのし上がったんです。
他動詞だけのもの
無対他動詞といいます。言葉はおぼえなくていいです。
これは上と反対に他動詞だけで、自動詞のペアがいません😅
独り身です。
受身形を自動詞の代用にする
「読む (他動詞) 」→「読まれる (受身。自動詞の代わり) 」
本を読む。→本が読まれる。
まあ、この例文は不自然ですね😅
しいて挙げるならで、もっといい例文があったら教えてください。
ほんらい自動詞のものが「受身」の感覚を持つのはこのため
これについては後述します。
自他両方のもの
1つの動詞で自他両方を表すもの
英語の単語はこれが多いです。
change (変わる、変える) 、stand (立つ、立てる)
そのため英語圏の人には「自他」の概念がなく
「車を変わりました」「車が変えました」のように言ってしまいます。
「車が変わりました」「車を変えました」が正解です。
格助詞 (主格か、目的格か) と自他の動詞の区別ができません。
「先生の話を聞こえるとき×」のように「聞く」と「聞こえる」のちがいがわかりません。
いちおう英語にも hear と listen はあるんですけどね。
ちなみにhearが他動詞で、listenが自動詞です😮
逆の気がしますが。
だからlistenのほうはlisten toと前置詞をつけてやらねばなりません。
あっ、これは英語の話ですね。
ただ、外国人がよくまちがえるのもこの「聞く」と「聞こえる」です。
またこれらは1対1で変換できないのでhearがどっちでlistenがどっちということではありません。
日本語の「聞く」と「聞こえる」のちがいは自他のちがいだけではなく、もっとべつの使い分けがあります。
これも特別サービスで教えちゃいます。
これを書いているとだんだん日本人の自分も混乱してきます。
まちがっている文章が頭にインプットされてしまうからです。
みなさんもまちがっているところは真剣に考えずさらっと流してください😄
クイズ番組は見るな! 4択問題はやるな! 「これは間違い! 」→ 間違いを記憶してしまう!
受身としての自動詞
自動詞は「受身」の意味を持つことがあります。
日本語は、人や物を主語とした他動詞を嫌い、またその受身の形も嫌うので、できるだけ物を主語にして能動態にします。
例:
事故が人を殺した×
事故によって人が殺された×
事故で人が死んだ。◯
例文としてはあまりふさわしくないかもしれないけど、新聞などの見出しで英語ではよく
Five (were) killed in the accidentのような文が出るからです。
見出しなどではbe動詞は省略されます。 (ああ、受身をつかってしまった😅)
もともとの日本語は「省略します」なんだけど受身をつかうようになったのはおそらく英語 (教育) の悪影響。
英語圏の生徒はよく、人を主語にして他動詞をつかい、その受身もつかいます。
日本語と正反対なので意味はわかるけど、日本語としては不自然なことがよくあります。
具体例で説明します。
とくにまちがえるのがfind (見つける) とその受身のbe found (みつかる)
(かくれんぼをしていて)
友だちがわたしを見つけた。× (他動詞)
わたしは友だちに見つけられた。× (他動詞の受身)
これらは文法としては正しいし、意味もわかるけど日本人はつかいません。
自動詞を使ってこのようにいいます。
(わたしは) 友だちに見つかった。○ (受身としての自動詞)
「見つかる」は自動詞なんですが、「自分から進んで能動的に動いて友だちに見つかった」わけではなく、文法的にも「私」が主語の能動文なんだけど、意味としては「受身」です。
ただ繰りかえしますが、受身形の「見つけられた」はつかわず、自動詞の能動態の「見つかる」をつかいます。
この「見つける」は外国人の生徒がよくつかいます。
例:
(漢字を調べていて)
ネットで見つけました。×
ネットで見つかりました。×
ネットで見ました。○
ネットにありました / 載っていました。○
たとえ自分の意志と力で「見つけた」としても、日本人は「見つけた」はつかいません。
「見ました」「ありました」などをつかいます。
「見る」は他動詞だけど「見つける」ほど主張が強くありません。
「私の力で!」ではなく「そこにあった」という控え目な国民なんです😄
鶏が先か卵が先か🐔🐣
「見つかる」と「見つける」という言葉はどちらが先に生まれたのかわかりません。
上代まで遡れるコーパスがあればわかるかも。
古代の書物を調べればどちらが先に書物に現れてきたかわかるかもしれません。
おじさんはコーパスkotonohaや中納言のつかいかたがわかりません。
繰り返しになるけど、
かくれんぼをしていて
鬼は
「見~つけた」と他動詞をつかいます。
それに対して、隠れていたほうは
「見つかっ (ちゃっ) た」と自動詞をつかいます。
そしてこれは「受身」を表します。
これらは厳密に書くとこのようになります。
「わたしはあなたを見つけた」
「わたしはあなたに見つかった (見つけられた) 」
でも注意すべきことはここで「見つける」の受身の「見つけられる」をつかわないことです。
「見つけられ (ちゃっ) た」とはいいません。
まちがいではないけど、つかいません。
また、
警察が血眼になって探していた犯人を「見つけた」ときでさえ他動詞はつかわずに
「犯人が見つかった」
とまるで「ひとりでに」「自然に」「自動的に」「見つかった」かのように自動詞をつかいます。
警察が犯人を見つけても「 (犯人を) 見~つけた」とはいわないんですね。
「見つかった」をつかいます。
現場では何というでしょうか?
「いたぞ!」でしょうね。
外国人は「見つける」を受身にして「見つけられる」という表現をしてしまいます。
このへんが日本語のむずかしいところです。
このように自動詞を受身の意味にしてつかうことがあります。
さらに
落としたコンタクトレンズをfindするときは「探している」をつかい「見つけている」とはいいません。
「見つける / 見つかる」は現在形なれど、have found つまり「見つけた / 見つかった」あとでしかつかわない特殊な言葉です。
あとは「見つかるかな?」という疑問や新聞の見出しの「行方不明の男性が山中で見つかる」くらいです。
もちろんこの意味は「見つかった」です。
そしてコンタクトレンズが見つかったときにあなたは何と言いますか?
「見つけた!」ですか?
それとも「見つかった」ですか?
いえいえどちらでもなくこう言います。
「あった!」
外国人生徒よ頑張れ。
それから日本語教師よ。
ここんとこよ~く教えてやれ😄
外国人生徒が不可解で、不満そうにつついてくるところですよ😅
「なんで見つけたはつかえないんですかあ?」
日本人はつかいません。
ただ頭ごなしではなく、例文をいろいろ出してやさしく説明してあげてください。
「つかわないからつかわないんだよ」では先生ではありません。
「開く (あく) 」「開ける (あける) 」「開く (ひらく) 」のちがい ~ やまとことば
英語の自他のペアはほとんどない
英語にも自他のペアがあるけどおじさんが知るかぎり2組だけです。
lie (自:横たわる) – lay (他:横たえる)
rise (自:起きる) – raise (他:起こす)
だから英語圏の人には自他の感覚がありません。
さらに英語の動詞のほとんどはそのまま名詞としても使います。
なんてアバウトな言語なんだ😮
英語は語順がとても大事で、それで動詞か名詞か、はたまた主語か目的語か決まります。
A cat takes a rat.
A rat takes a cat.
で意味が変わってしまいます。
きりがないのでこのへんで終わりにします。
まちがい重複もあると思うけどおじさんも疲れました。
ここまで書く人、なかなかいないですよ。
わたしは日本語教師をしています
プロフィール・レッスン予約はこちら。
表示名はToshiです。