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「も」「並列」「全面的」
リンゴも、ブドウも、ミカンも好きです。
猫も杓子も…
老いも若きも…
この並列の「も」はだれでもご存知。
しかし、日本語の助詞はいろんな顔を持っています。
日本人なら文脈で判断するんだけど、外国人には脅威 (驚異) です。
「が」「は」「も」
基本的なちがい
が:ただの叙述。事実を述べるだけ。そこには何の感情も気持ちもない。好き嫌いがない。
は:部分否定。対比が隠れている。それはないけど、ほかはある。その逆も然り。 (いわゆる文法用語の部分否定とは異なります)
も:全面否定。並列が隠れている。あれもこれもない。→全面否定
否定文でよくつかう
とくにこれから比較する文章では「も」は99%否定
見たことがある / ない。
見たことはある / ない。
見たこともない。 (見たこともある✕)
つぎの例文を比べてみましょう。
行くつもりがない。
ただの叙述。ただ事実を述べているだけ。
感情・気持ち・好き嫌いなどをふくまない。
だから、
「行くつもりがない」に対しては
「ああ、そうですか」で話は終わります。
ふつう肯定文で言うときは
「行くつもりがある」とは言わず、つぎの
「行くつもりはある」と言う。
また自然な日本語としては
「行くつもりです」と言います。
だからこの「行くつもりがある」という言いかたは日本人はしません。
それであまりお目にかかることも、聞くこともありません。 (あっ、これは後半の「も」の使いかたのいい例ですね)
行くつもりはない。
「は」は、このことについて取り立てているので他の場合・状況がある可能性がある。
行くつもりはないけど、話ぐらいなら聞いてやっても良いぞ。
行くつもりはないけど、ときどき思い出すことはあるかもしれない。
この「けど」は逆接です。
それぞれ、
行かないけど、話は聞く。
行かないけど、思い出す。
ということですね。
対比
この「は」は対比の後半が省略されているとも考えられます。
例:
野菜は嫌いだけど、肉は好きだ。
土曜は仕事だけど、日曜は空いてるよ。
お母さんには言わないでね。 (お父さんには言ってもいいよ)
肯定の例
「は」は肯定もOKです。
行くつもりはあるけど、なかなか時間がなくて行けないんですよ。
行くつもりもない。
他のこともしない。話も聞かない。興味がない。強い否定。全面的否定。驚き・軽蔑・不快感などを表す。
もう2度と行くこともないだろう。
ただ行かないのではなく、話題にも出てこないし、思い出すこともない。
また「行く」ことを軽んじている、あるいは嫌っている、不快感を持っているニュアンスにも聞こえます。
これは並列の延長と捉えることもできます。
もう1つ例を出しましょう。
お化け👻なんか…
見たことがない。
お化けの話の場合はむしろ、この「が」がいちばんつかわれるのではないでしょうか。
見たことはない。
見たことはないけど、聞いたことはある。
見たことはないけど、気配を感じたことはある。
これらはやはり取り立て・対比です。
見たこともない。
強い否定・全面的否定とも捉えられるし、並列の一部を切り取ったとも捉えられます。
見たこともないし、 (聞いたこともない) 。
この「聞いたこともない」が話者の気持ちの中にふくまれていると、この言いかたになります。
もちろん日本人はそんなこと考えないでしゃべってるし、聞いてるほうも考えてないけどそのニュアンスを感じ取ります。
ほかにも「考えたこともないし」「想像したこともない」などもふくまれているかもしれません。
また並列したものをことごとく否定することで、全面的否定・強い否定のニュアンスに変化したとも考えられます。
このように否定で使われることが多いです。
もし肯定文でつかうとしたら並列部分は省略しません。
例:
見たこともあるし、聞いたこともあるし、興味もあるけど、まだ行ったことはないですねえ。 (「は」で対比しています)
軽んじる「も」
そんなことも知らないのか!
子どもでもできる。
これらは「すら」「さえ」に置き換えられます。
そんなことすら / さえ知らないのか!
子どもですら / さえできる。
英語だとevenに相当します。
これもやはり並列の延長と捉えることもできます。
言外に並列しているものを書けばこうなります。
こんなこともそんなことも知らないのか!
大人でも子どもでもできる。
「子どもでもできる」は数少ない、肯定文の例ですね。
驚き
文法的には否定なんだけど驚き・称賛でつかうこともあります。
例:
見たこともない (聞いたこともない) ようなまばゆい宝石に目が眩んだ。
それはかつて経験したこともない (もちろん見たことも聞いたこともない) 大事件だった。
ただ「経験したことがない」より、「も」をつかうと、「夢にも思わない」「想像だにしたことがない」驚きを表します。
消極的肯定
あれっ?チーズ嫌いなの?
食べないことはない。
いや、食べるよ。
めちゃくちゃ食べたいわけじゃないけどね。
食べないこともない。
食べようと思えば食べられるけど、好きじゃない。いや嫌いだ。できれば食べたくない。でもどうしても食べろと言うんなら食べるよ。
まあ、自分から進んでは食べないね。
この場合、「は」も消極的ですが、「も」はより否定的です。
「食べない」のギリギリ手前だけど、かぎりなく0に近いです。
文脈で意味が変わる
こんな文はどうでしょうか?
この店には塩もないのか!
- 塩などというありふれたものでさえない (軽視)
- 砂糖も醤油も塩もない。 (並列)
この短い文章だけだとどちらかわかりませんね。
もちろん「も」には他にも使いかたと意味がありますが、ここでは割愛します。
疑問詞の「も」「か」
肯定で使われるのは疑問詞のときが多いです。
両方使えるものと、肯定、否定どちらかだけのものがあります。
疑問詞として
いつ? 行く? (when)
どこ? どこにある?どこに行く? (where)
誰? 誰ですか? (who)
何? 何ですか?何が食べたい?何をする? (what)
不特定の「か」
いつか 行く。(some day)
どこか 知らないところ。にある / どこかに行く。(somewhere)
誰か いる。(someone)
何か ある。(something)
あれもこれも全面的肯定・否定の「も」
いつも ある / ない。(whenever)
どこも 混んでる。人でいっぱいだ。(wherever)
どこにでも ある / 行く。(wherever)
どこにも ない。(nowhere)
誰も いない。(no one)
何も ない。(nothing)
いつも
あの時も、この時も、その時も、朝も、昼も、夜も、今日も、昨日も、一昨日も、明日も、明後日も、10年後も、100年後も。
並列の延長と考えられる。
「いつでも」の形もあり。
例:
いつでもどうぞ。
いつでも行ける。
いつでも乗れる。
「いつでも」は可能・許可を表すことが多いですね。
どこも
ここも、そこも、あそこも、どこも。
これも並列の延長と考えられる。
上とおなじように「どこでも」だと可能・許可を表します。
例:
どこに行きたい?
どこでもいいよ。
どこでもドア🚪😄
ただし否定でも使います。
例:
ここはどこ?
どこでもないよ。 (異次元の世界だよ)
どこにも
ここにも、そこにも、あそこにも、どこにもない。
同上。
肯定のときは、「どこにでも」を使います。
例:
わあ、きれいな石✨
そんなのどこにでもあるよ。
誰も
田中さんも、高橋さんも、木村くんも、老いも若きも、誰もいない。
肯定のときは「誰でも」を使います。
例:
そんなことは誰でもできる。
誰でも大人になればわかります。
何も
木も草も花も、虫も、魚も、何も。
肯定のときは「何でも」を使います。
例:
書けるものなら何でもいいよ。
この店は何でもあるよ。
君は望めば何にでもなれるよ。
ただし「何でもないよ」のように否定でも使います。
このように文脈で肯定でも否定でもつかうし、意味も変わるので外国人の生徒には例文をいくつか挙げて状況によって変わることを説明しなければなりません。
数学のように1+1=いつでも2、とは言えないのが言語です。




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