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「恣意的」「ほしいまま」「独壇場」「独擅場」
ほしいまま
「恣」の漢字を調べると「ほしいまま」と出てきます。
「欲しいまま」というより「欲するまま」と訳すとわかりやすいですね。
「わがまま」「気分次第」「勝手気まま」「気まぐれ」ということです。
ただ、この言葉のいちばん重要な意味は「その時の気分次第」ということです。
ポリシーがないんです。
信念もありません。
法則もありません。
だから、今日は「カレーライスじゃなきゃダメ」といっても、明日は「ラーメンじゃなきゃダメ」になるかもしれません。
言葉は恣意的
日本語はもちろんすべての言葉は「恣意的」です。
つまり、そこに法則はないんです。
日本語で「うみ」は中国語では「カイ」、英語ではseaで、スペイン語ではmarでなんの共通点もありません。
「うみ」は母音だとか、kの音をつかうとか、sの音をつかうとか、mの音をつかうとか、法則も規則性もないんです。
だから「恣意的」といいます。
なんで? むかしからそう言ってきたから
母語話者はオギャーと生まれてからまわりの大人がそうしゃべっていたからそうしゃべるのでなんとも思わないけど、外国人として言葉を学ぶときには「なんで?」ということがたくさんあります。
日本人が英語をはじめとして外国語を学ぶときも、外国人が日本語を学ぶときも。
たとえば
英語や外国語を学ぶときたくさんの「なんで?」があるけど、日本語もたくさんの「なんで?」があるんですよ。
たとえばつぎの2つの使い分けを説明できますか?
「日本で暮らしている」
「日本に住んでいる」
「〇〇会社で働いている」
「〇〇会社に勤めている」
「△△学校で勉強している」
「△△学校に通っている」
動作を伴うかどうか?
ちがいますね。
「暮らす」も「住む」も日常的な動作は伴わない動詞です。
日本人ならこの「で」と「に」の使い分けはなにもむずかしくありませんが、外国人には脅威です😄
いまこの文章を読んではじめてそのちがいを知った人がほとんどではないでしょうか?
知らないのに、いや考えたこともないのにちゃんと使い分けています。
理屈や学校でそう習ったからではなく、気がついたらそうしゃべっていたでしょう。
だからこそ、ちがいや理由を説明できないでしょう。
「なんで?」と聞かれたら、「むかしからそう言ってるから」と答えてあげましょう。
外国語でもありますね。
inとatの使い分けとか、ドイツ語でも3格、4格なるものがありますが、必ずしも3格が日本語の「に」ではないんです。
これは日本語の「で」と「に」とおなじように、文法的にどうのこうのではなく、「この言葉には3格をつかう」「この言葉には4格をつかう」とおぼえるしかないんです。
ドイツ語でdas Mädchen 女の子は中性名詞です👧
女の子なのに中性名詞!
女性名詞じゃないんです。
理由はありません。
むかしからそう言ってきたから。
独壇場 (どくだんじょう)
話は変わります。
もともとは「独擅場 (どくせんじょう) 」でした。
「土」ではなく「手偏」です。
「セン」と発音します。
「独擅 (どくせん) 」は読みも意味も「独占」とおなじです。
擅 (ほしいまま)
「擅」を調べると「ほしいまま」です。
しかし、「擅」の字はほぼ「独擅場」でしかお目にかかることがありません。
というかこの単語さえみんな知らないでしょう。
いっぽう「壇 (だん) 」のほうは、「花壇」「教壇」「壇上」などよく見かるし、つかわれます。
話し言葉ではなく、文字でしか見ない
「独擅場 (どくせんじょう) 」は話し言葉でつかわれることはなく、たま~に、堅苦しい書物の文字でしか見ることがありません。
なのでこれを見た人は「手偏」であることさえ気づかず「土偏」の「壇 (だん) 」だと思って読んでしまうでしょう。
似ている文字と言葉
「独断 (どくだん) 」
もともと「独断」という言葉があるので「1人でかってに決める」という意味に捉えます。
あながちまちがいともいえません。
また、「教壇」のように「高いところ」で「偉い人が取り仕切る」というイメージも定着しています。
土壇場 (どたんば)
さらに追い打ちをかけたのがこの言葉。
もう「壇 (だん) 」にしか見えないですね。
それでほとんどの人はなんの迷いもなく「独壇場 (どくだんじょう) 」と読み、意味も「1人で取り仕切り、やりたい放題」と捉えます。
言葉は生きている
「独擅場 (どくせんじょう) 」を「独壇場 (どくだんじょう) 」と読んで、そのように意味を捉えてもだいたい意味は合ってるし、いまさら「擅」は「手偏」で「セン、ほしいまま」と読むなんていってもしかたありません。
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