じつはむずかしい「てにをは」~ ヲコト点

postpositional 格助詞。てにをは2

「てにをは」「格助詞」「ヲコト点」

じつはむずかしい「てにをは」

日本語の「てにをは」は外国人学習者にとっては「チョーむずかしい」助詞です。

たとえばつぎの2つ、あなたはちがいを説明できますか?

「に」と「で」

わたしは岡山住んでいる。
わたしは岡山暮らしている。

外国人は聞きます。
なんで「住む」は「に」で、「暮らす」は「で」なの?
どうやったら覚えられるの?
法則はあるの?

ありません。

むかしからみんなそう言ってるからです。

「動作」を伴うか伴わないか?

関係ありません。

「住む」も「暮らす」も「走る」「食べる」のような動作は伴いません。

おなじようなものにこのようなものがあります。

わたしは○○会社通っている/勤めている。
わたしは○○会社働いている。

外国人にどう説明するか?

「むかしからみんなそう言ってるから」

「動詞とセットでおぼえてください」

このような言語の性質を「恣意的」といいます。
規則、法則がなく「かって気まま」という意味です。

恣意的 ~ どういう意味?「ほしいまま」~ 独壇場

「を」は目的語とはかぎらない!

本を読む。
ご飯を食べる。

これらの「を」は目的語を表します。
日本人はみんな「を」=「目的格」だと思っています。

では、これはどうですか?

公園を通る。
橋を渡る。

これは目的語ではないですね。
動作の「対象」ではありません。

では何でしょう?

「場所」「通過点」を表します

外国人にしてみれば奇怪な用法です。
日本人は「目的格」の格助詞「を」をなんで英語でいったらthrough, on, overのような「場所」「通過点」を表す言葉としてつかうのか?

日本人は文法など考えず当たりまえにつかっています。
なぜか?

それは、「むかしからみんなそう言ってる」からです。

目的語のこともある

「橋を渡る」は「場所、通過点」でしたが、
「橋を壊す」だと目的語になります。

2つのちがいは「動詞」にあります。
これは日本語にかぎらず、「使われる動詞とセット」で「助詞」や「冠詞」、「前置詞」などが選ばれ、その意味が決定されます。
母語話者はだれもそんなこと考えずに「なんとなく」助詞を選んで、「なんとなく」意味を理解します。
外国人に教えるには、「なんとなく」ではなくちゃんと理由やちがいを説明しなければなりません。

「なんとなく」とか
「なんかちがうんだよな」とかいう教師は、教師失格です。

ドイツ語の冠詞も

おなじようにドイツ語の3格 「に」、4格「を」も日本語と1対1では対応しません。

そもそもすべての言語は1対1で対応しません。
1対1なら辞書はもっと薄くてすむはずです。
微妙にずれているので、たくさん言葉を書かなければならないのです。

理屈ではなく

「動詞とセットでおぼえましょう」

母語話者は文法など考えていない

文法はあくまで学者が言語の法則性を見つけ出して、系統的にまとめたものです。
一定の規則に当てはまらないものがあるので、かならず「例外」があります。

「不規則活用」とか「特殊用法」とかいわれるけど、それは学者がかってにルールをつくったから、それに合わないものができてしまっただけです。

「はじめに文法ありき」ではなく、
「はじめに言葉ありき」です。

理屈抜きに

「に住む」
「で暮らす」

とおぼえましょう。

「てにをは」がまちがっていても通じる

「てにをは」をまちがえても、抜いてしまっても意味はわかりますね。

「わたしに昨日は学校を行く」

といっても

「わたしは昨日、学校に行きました」といいたいのだなとわかりますね。

「てにをは」ぜんぶ抜いて、

「わたし、きのう、がっこう、いく」といってもわかります。

もっといえば語順がちがってもわかります。

「がっこう、きのう、いく、わたし」

でもわかります。

発音が少しくらいちがってもわかる

「がこう、きにょう、いーくー、たわし」

でもわかります😄

この場合でも

「学校は昨日私に行く」ではなく、
「学校に昨日私は行きました」であることはわかるのです。

言葉とはそういうものです。

さっちゃん
ところで「にをは」はわかるんだけど、「て」ってなあに?
ひげおじさん
「行って」「見て」の「て」じゃ!「テ形」という
さっちゃん
なんで「がにをは」とか「がのにを」じゃないの?

乎古止点 (ヲコトてん)

漢文を読むときに「を、こと、て、に、を、は」などの読みがなをいちいちつけるのはめんどうなので、代わりに漢字のまわりに「点」を打ちました。
なので「ヲコト点」と呼ばれます。

そして、4隅が「てにをは」だったので、「てにをは」と呼ばれるようになりました。

「て」だけは「接続助詞」なのに、格助詞の「にをは」といっしょにされているのはそういう理由です。

じゃあなぜ「てにをは」点じゃないの?

右上から「ヲ」「コト」…という順番に並んでいたからです💦

「テ形」は万能!でも使いすぎには注意!

「行って」「見て」などなんでもくっつけられます。

さっちゃん
あさ起きて、歯みがいて、ご飯食べて、着替えて、靴はいて、ランドセルしょって、玄関出て、お弁当忘れて、家に戻って、友達と会って、道に犬がいて、こわくて、遠回りして、遅刻して、先生に怒られて、悲しかったです💧
ひげおじさん
ダメな作文のいい例じゃ😄

適当なところで文を切りましょう。

この頭で英作文すると、ぜんぶandでつなげてしまうので気をつけましょう。

会話の中でおぼえていく

会話はぶっつけ本番

リハーサルはないけど、まちがってもその場で相手の言うことを推測したり、質問したり、言い直すこともOKです!

まちがったときに相手が訂正する場合もあるでしょう。
しかし、逐一訂正していると会話になりません。
相手は意味がわかればいちいち訂正せずに会話をつづけます。

日本人同士がしゃべっているときも、相手のちょっとしたいいまちがいや、おかしな発音があっても意味がわかればそのまま会話をつづけますね。

おじさんは岡山にやってきて、ときどき聞いたこともない単語や言い回しが出てくるけど、会話の流れでだいたい見当がつくし、その言葉がわからないと話が続けられないときだけ「〇〇って何?」と聞きます。
むしろ、生まれて初めて聞いたのに意味がわかってしまうことのほうに驚きを感じたりすることが多いです。

ひげおじさん
トラクターがえらがる!とかね
さっちゃん
えらがる?
ひげおじさん
トラクターが「大変だあ!もうムリ~!」って悲鳴を上げてるってことじゃ😄

おじさんにとって岡山弁は外国語の1つみたいなもんです。

慣れない外国語をしゃべるときに訂正されなくても、相手がしゃべってる言葉で正解がわかります。

「岡山住んでいます」
「ああ、岡山住んでるのね」

こういう会話のやり取りや、ほかの人たちの会話を聞いているうちに

住む」

という組み合わせが耳にこびりついてきます。

これは人が母語をおぼえていく過程でも行われます。
毎回、大人が

「さっちゃん。そこは学校じゃなくて、学校でしょ!」

といちいち訂正しなくても、人がしゃべっているのを聞いて自然に修正していきます。

さっちゃん
まるでわたしがアホみたいじゃん!
ひげおじさん
いや、あくまで例として。みんなそうやって言葉をおぼえていくんじゃ!

象は鼻が長い。水が飲みたい。君が好きだ! ぼくはウナギ? ~「は」「が」は主語ではない!

やまとことば ~ 一覧

ドイツ語の冠詞と日本語のてにをは ~ おじさんバージョン

わたしは日本語教師をしています

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https://www.italki.com/teacher/8455009/japanese

さっちゃん
わたしはさっちゃんです!watashi wa Sacchan desu!
ひげおじさん
わしはひげおじさんじゃ!washi wa hige-ojisan ja!

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